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伏見区

4.伏見稲荷大社 稲荷山 お山巡り
お山巡り 稲荷山は稲荷大神の降臨こうりん地で、その峰々を巡拝じゅんぱいするのがお山めぐり。千本鳥居をぬけて奥社奉拝所おくしゃほうはいしょから稲荷山入り口がある。お山には多くの祠ほこらやお塚がある。お山参道には朱塗りしゅぬりの鳥居がずっと続き建ち並ぶ。一周約4キロ、約2時間の散策。 稲荷山 稲荷山は、いわゆる“東山三十六峰ひがしやまさんじゅうろっぽう”の、最南端に位置する霊峰れいほう(海抜233m)で、古くから三ケ峰みつがみねと呼ばれてきたように三つの峰が西から東へと段々に高く連なり、これを山麓さんろくから仰ぐと、まさしく降臨こうりんの地にふさわしい山容をそなえています。山麓のご本社に近い峰から順に三ノ峰さんのみね・二ノ峰・一ノ峰と称し、三ノ峰と二ノ峰の中程に間の峰、そして三ノ峰の北方に荒神ヶ峰こうじんがみねがつらなっています。山中には、おびただしいお塚が群在し、参道には数千もの朱の鳥居が建ち並んでいます。稲荷山に登り、これらの神蹟しんせきやお塚を巡拝することを「お山する」といい、参詣の人は日夜あとをたちません。http://inari.jp/sp/map/spot_01/*山麓:山のふもと。山すそ。*霊峰:霊妙な山。神仏などが祭ってある山。*東山三十六峰:京都盆地の東部を区切る南北12キロにおよぶ36の山々の総称。*降臨:神仏などがあまくだること。 稲荷三峰:稲荷山の稲荷三峰は、地形にあわせて西から東に向かって(三の峰 二の峰 一の峰)の順に段々に高くなり、山頂に一の峰があります。 神蹟(しんせき) 昔に神が宿っていた場所であり、昔は祠ほこらや社殿があった場所のことです。 昔は稲荷神を含めて、神々が降臨した場所があり、昔の伏見稲荷大社は稲荷山山中にありました。 現在では焼失してしまっていますが、大きな石に注連縄しめなわが巻かれて祀られています。稲荷山中に7つの神蹟が現在もあり祀られている。 七神蹟 一の峰(上社)・二の峰(中社)・三の峰(下社)・間の峰(荷田社)・御剣社(長者社)・御膳谷・荒神峰(田中社)は七神蹟として別格とされるという。  山頂にある上社神蹟(一の峰)お塚上社神蹟 末広大神 お塚 お塚:平安時代の人々は、2月初午はつうまの日に稲荷山へお詣りすれば福がいただけると毎年足を運んだものでした。中世になると稲荷山の峰々が下ノ塚・中ノ塚・上ノ塚などと呼ばれ、明治になると七神蹟地が確定され、その親塚が建立されました。これを契機にその周辺に個々人の信仰によって表わされた神名を刻んだ「お塚」が奉納されるようになりました。これは、個々人が、ご神徳に因んだ神名やそれぞれの家で祀っている“何某稲荷大神”の神名を、石に刻んで、それを稲荷山で祀りたいとする信仰心(お塚信仰)の表れです。今日その数は数万をかぞえます。http://inari.jp/sp/map/spot_01/ 御膳谷御塚 Gozendani Otsuka 稲荷三峰の祭神 下社:宇迦之御魂大神(ウカノミタマ)  「白菊大神」中社:佐田彦大神(サタヒコ)      「青木大神」上社:大宮能女大神(オオミヤノメ)   「末広大神」これらの大神の由縁および稲荷三峰の祭神との関係は不明。
5.伏見稲荷大社 熊鷹社
伏見稲荷大社 奥社~熊鷹社
奥社から熊鷹社へお山巡りに進んでいきます。
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3.伏見稲荷大社 千本鳥居~奥社
権殿~千本鳥居 権殿と横に建つ鳥居 内拝殿-本殿にてお祈りして、授与所を過ぎると権殿ごんでんがあります。権殿とは社殿の造営・修復の時、神体を仮に移し安置しておく所のことで、仮殿(かりどの)である。伏見稲荷大社の権殿は1635年 江戸時代に再建されたもので、五間社流造(ごけんしゃながれづくり)。* 正面から見て、柱と柱の間口が5つあり、横幅が広く造られている社殿のことをいいます。権殿の北隣りにある鳥居をくぐり階段を上がっていくと有名な千本鳥居見えてきます。 ちなみにこちらの狐 右は玉を左は巻物をくわえています。 石段を上がっていくと、色々な摂社、末社があります。*摂末社(せつまつしゃ)とは、神社本社とは別に、その神社の管理に属し、その境内または神社の附近の境外にある小規模な神社のこと。一般には、摂社はその神社の祭神と縁故の深い神を祀った神社、末社はそれ以外のものと区別される。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%91%82%E6%9C%AB%E7%A4%BEより 途中に狐の像がまたありますが、なんとなく犬のような丸みのある狐。 千本鳥居 「赤い鳥居」といえば、すぐさま人々は「おいなりさん」を連想するほど、赤という色が人々の心情に深く染みとおっています。元来、稲荷の鳥居は社殿と同じく「稲荷塗」といわれ、朱をもって彩色するのが慣習となっています。この「あけ」という言葉は、赤・明・茜など、すべてに明るい希望の気持ちをその語感にもち、その色はまた生命・大地・生産の力をもって稲荷大神の“みたま”の働きとする強烈な信仰が宿っています。崇敬者が祈りと感謝の念を奥社参道に鳥居の奉納をもって表そうとする信仰は、すでに江戸時代に興り今日の名所「千本鳥居」を形作っています。なぜ「お稲荷さん」には鳥居がいっぱいあるの?願い事が「通る」或いは「通った」御礼の意味から、鳥居を奉納する習慣が江戸時代以降に広がった結果です。現在は約1万基の鳥居がお山の参道全体に並んで立っています。http://inari.jp/trip/map01/ 鳥居奉納のご案内より http://inari.jp/gotinza1300/index.html 鳥居の後ろ側にはいつだれが奉納されたのか黒字で書かれています。大きな鳥居はやはり有名な企業の名前が多く、いい宣伝にもなるのかなあとも思います。 奥社まで、混雑なくまっすぐ歩いたので5分もかからず、着いてしまいました。 奥社奉拝所 おもかる石 奥社奉拝所 本殿の東方、千本鳥居をぬけたところ通称“命婦谷みょうぶだに”にあり、一般には「奥院おくのいん」の名で知られています。この奥社奉拝所おくしゃ ほうはいじょはお山を遥拝ようはいするところで、稲荷山いなりやま三ケ峰みつがみねはちょうどこの社殿の背後に位置しています。*遥拝:遠くへだたった所から拝むこと。当社に伝わる明応の遷宮記(1499)には「・・・東ニハ当社奥院トテ命婦形マシマス也」とあり、その創建の古さが偲ばれますが、規模の子細については不明。江戸時代にはその名を封戸所・供物所ともいっております。寛政6年の罹災後、規模を幾分大きくして造営されたのが現在の社殿で、昭和50年に社殿を後方の今の位置に移し、前に拝所が設けられました。http://inari.jp/sp/map/spot_08/ 奥社すぐ裏、おもかる石の横にあります。 稲荷山、稲荷大神を遥拝。 おもかる石 奥社奉拝所の右側後に、一対の石灯篭いしどうろうがあります。この灯篭の前で願い事の成就可否を念じて石灯篭の空輪(頭)を持ち上げ、そのときに感じる重さが、自分が予想していたよりも軽ければ願い事が叶い、重ければ叶い難いとする試し石です。http://inari.jp/sp/map/spot_08/ 修学旅行生が来てる時期には長蛇の行列でなかなか試す気にならないが、やってみると楽しいですよ。特に女性の方には、しっかり脇をしめて、足腰しっかり構えてやられたほうがいいと思います。よく石を持ち上げることに集中し過ぎて、願い事すること忘れている人もよくいますので、忘れずに。 伏見稲荷大社の絵馬 狐 参拝者の方々自由に狐の顔を書いて楽しんでいます。 奥社奉拝所から戻る。 伏見稲荷大社 境内案内図 奥社の左手に続く道が稲荷山への入り口に もう少し歩いて本殿の方に戻りたい方はここからもう少し5分ほど行った先、下の写真の分かれ道にでますので左に行けば本殿、駅に戻れます。10分程度で本殿に戻れます。 ここを左に行けば本殿 駅に戻れます。右に行けば稲荷山の方になります。 ここからもう少し右方向 稲荷山に歩いていけば、5分程度で熊鷹社に行きます。途中、伏見稲荷大社のもう一つの大きな見どころお塚を見れます。少し坂を上がるので疲れるかもしれませんが、お塚は神秘的で一見の価値ありと思います。でもお疲れの方は、熊鷹社より上に行くのは少し覚悟したほうがいいと思います。 熊鷹社手前のお塚 小さな神社、神様があちらこちらに。
4.伏見稲荷大社 稲荷山 お山巡り
伏見稲荷大社 稲荷山 お山めぐり に関しての紹介。 奥社からお山めぐりの見どころ紹介する前に、稲荷山 お山巡り、お塚 神蹟の説明紹介。 
お山巡りへ進んでいきます。
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内拝殿 正面
2.伏見稲荷大社 外拝殿~本殿
外拝殿 外拝殿(げはいでん) 踊りを奉納するための舞台 基本的に神社では、本殿は神様のための建物であり、拝殿は参拝する人々のための建物となります。伏見稲荷大社には、二つの拝殿、内拝殿ないはいでんと外拝殿げはいでんがあります。楼門をくぐると目の前に外拝殿があります。外拝殿では舞踏や神楽の際に奉祀されるための舞台です。内拝殿は外拝殿後ろの階段をあがった、本殿の前の唐破風からはふ屋根の建物になります。参拝者が鐘を鳴らして手を合わせてお祈りするところです。 学問の神様 東丸神社 楼門抜けて右手にある学問の神様 東丸(まずままろ)神社江戸中期の国学者で伏見稲荷大社の社家に生まれた荷田春満(かだのあずままろ)を祭る。 伏見稲荷大社 松の下屋 及び 茶室 東丸まずままろ神社よりまだ先右手に行くと、松の下屋及び茶室の入り口がある。現在は、非公開で、年に数回、春先に特別一般公開する。 寛永18年(1641)禁中非蔵人ひくろうどとして出仕していた羽倉はくら延次のぶつぐが、後水尾院より拝領したもので、創建は17世紀はじめとされています。書院造りが数寄屋造り化していく過程を示す数少ない貴重な遺構です。*禁中:皇居。宮中。禁裏。*禁中:皇居。宮中。禁裏。*非蔵人:平安時代、蔵人所くろうどどころに所属する官職の一。http://inari.jp/trip/map01/ 内拝殿 本殿 内拝殿ないはいでん 唐破風屋根の華やかな拝殿。 内拝殿の後ろに本殿が立ち、参拝者は内拝殿正面からお祈りします。10本ほどの鈴の緒がたれているので、通常は参拝者が神社の鈴を鳴らし、鈴の音と拍手の音が絶え間なく響いていますが、今はコロナのため、鈴の緒は垂れていなく、寂しい感じがある。また狐の銅像がありますが、めずらしく右にある狐は何もくわえていない。 左の狐は稲穂をがっつりくわえています。 内拝殿  御祭神 宇迦之御魂大神(ウカノミタマノオオカミ) 佐田彦大神(サタヒコノオオカミ)大宮能売大神(オオミヤノメノオオカミ)田中大神(タナカノオオカミ)四大神(シノオオカミ)これらの御祭神が「稲荷五社大明神」であり、稲荷大明神、稲荷大神いわれている。伏見稲荷大社公式ホームページより引用http://inari.jp/about/saijin/繁栄の御神徳があり、商売や事業の繁栄、五穀豊穣の御利益があるとされる。 神楽殿 内拝殿から右手(南側)に神楽殿かぐらでんがあります。南側からみた本殿の横面の写真(左下)。*神楽:日本の神道の神事において神に奉納するため奏される歌舞。 授与所 願掛け鳥居 様々なお守り 内拝殿から左に行くと授与所があり、御朱印、おみくじ、お守り、願掛け鳥居などはこちらから。右下の写真は北側からみた本殿と内拝殿の横面。
3.伏見稲荷大社 千本鳥居~奥社
伏見稲荷大社 権殿~千本鳥居~奥社奉拝所の見どころ紹介。 外拝殿~本殿の続きで権殿から千本鳥居を通りぬけ奥社まで紹介します。きれいな千本鳥居の画像や、おもかる石、絵馬などの紹介。 
千本鳥居に進んでいきます。
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伏見稲荷大社 楼門
1.伏見稲荷大社 一の鳥居
一の鳥居正面 石碑 一の鳥居~楼門 商売繁盛、千本鳥居で有名な「伏見稲荷大社」、地元では「お稲荷さん」と親しまれ初詣の人出は日本有数の神社。全国に約3万社あるといわれている稲荷神社の総本宮です。稲荷山全体が神域なので、千本鳥居を超えて山頂まで数時間かけて参拝できます。お山めぐりの見どころもたくさんあるので、ハイキング好きな方には2時間ほどかけてゆっくり回られることをおすすめ。神秘的な空間と新鮮な空気の中に身を浸すことができ、気持ちもよくなり、運も上がること間違いなし。 JR稲荷駅 伏見稲荷大社前の本町通り JR奈良線 稲荷駅 伏見稲荷大社の一の鳥居の目の前にあり、デザインが神社のようになっています。 すぐ横にはデイリーヤマザキがあります。山頂の方へハイキングされる方は飲料水は持っていかれることすすめます。この通りは本町通り(ほんまちどおり)と言って北向きの一方通行です。 JR稲荷駅をでると一の鳥居の横にある狐の銅像がお出迎え。「稲荷大神様」のお使いは”きつね(白狐)”とされています。境内の中には多くの狐の銅像があり、いろいろなものを咥えています。この正面の狐は稲穂を咥えています。稲穂は五穀豊穣の神様に由来すると考えらています。もともとは稲荷大神様は穀物、農業の神様。 表参道 一の鳥居と狐銅像 去年 2019年までは「外国人に人気の日本の観光スポット」ランキングでは、1位に輝いていましたが、今は2020年 コロナの今は、Gotoキャンペーンが始まったばかりだがこの通り、全然混雑していない状態です。
鳥居の形
鳥居各部の名称と形 明神(みょうじん)系の鳥居 神明(しんめい)系の鳥居 三輪鳥居(檜原神社) 奴禰(ぬね)鳥居 
参拝者用の無料駐車場 約200台ほどの無料駐車場がありますがいろいろな祭事には閉まっていることがあり、修学旅行などの時期には満車のことが多いが、今は全然問題なく利用できます。 秀吉が母の病気平癒祈願のために再建された楼門 この建物は天正17年(1589年)豊臣秀吉の造営とされてきました。秀吉の母、大政所おおまんどころ殿の病悩平癒へいゆ祈願きがんが成就じょうじゅすれば一万石奉加ほうがする、と記したいわゆる“命乞いの願文”が伝来しています。しかし造営伝承と伝来文書との整合性については多少の疑問がありました。ところが昭和48年に楼門の解体修理が行われたところ、願文の年次と同じ「天正17年」の墨書が発見され、伝承の正しかったことが確認されました。神社の楼門の規模としては最も大きいものに属します。http://inari.jp/sp/map/spot_02/大政所:摂政,関白家の母の称。平癒:病気がなおること。成就:願いがかなうこと。望みや計画どおりになしとげること。奉加ほうが:神仏に参詣して金品を奉納すること。一万石:米の1石=10斗=100升=1,000合。日本では、1食に米1合、1日3合が概ね成人一人の消費量とされているので、1石は成人1人が1年間に消費する量にほぼ等しいと見なされ、示準として換算されてきた(1000合/1日3合で333日分)。 もともとの創建年は、応仁の乱のときに伏見稲荷大社の境内の建物はほとんど燃え尽きてしまったため、不明。楼門が秀吉によって再建された理由から伏見稲荷大社には病気平癒のご利益でも人気がある。 手水舎 手水舎(ちょうずや・ちょうずしゃ・てみずや・てみずしゃ)は、現在はコロナのため使用できないですが、通常は、詳しく”手水の作法”が英語でも書かれてあるので、多くの外国人客が見よう見まねで試していて混雑している。右下の写真は5年ほど前の冬の閑散期二月に来た時の写真ですがそれでも観光客がいっぱい。手水舎:参拝者が身を浄めるために手水を使う施設 楼門前の二体の狐の銅像 稲荷大社の狐、白狐(びゃっこ)は、透明で本来は、人間の目では見えない存在。狐自身が神様ではなく、神様、稲荷大神の使いで、「神使」です。くわえているのは4種類のもの「玉・鍵・巻物・稲穂」楼門(右)が玉、(左)が鍵をくわえています。玉(宝珠):稲荷神が秘める御神徳ごしんとく・霊徳の象徴。または穀物の倉庫。  御神徳「神の恵み」。その神様から得られるご加護鍵:稲荷神の御神徳、御霊(みたま)を身につけようとする願望の象徴。または穀物倉庫の鍵。稲穂:五穀豊穣の神として祀られている。巻物:知恵の象徴 楼門の守護像 随身像 と 扁額 楼門ろうもんの左右には随身ずいしんの像が二体安置されている。平安貴族のような衣装で矢を持ち矢筒を背負っています。楼門から見て右側(赤)が右大臣、左側(黒)が左大臣と呼ばれいる。 ずい‐じん【随身】 の解説[名](スル)《「ずいしん」とも》1 平安時代以降、貴人の外出のとき、警衛と威儀を兼ねて勅宣によってつけられた近衛府の官人。御随身みずいじん 。兵仗ひょうじょう 。2 神社の左右の神門に安置される守護神。1の姿にあらわす。https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E9%9A%8F%E8%BA%AB/ 真中の写真は扁額へんがく。建物の内外や門・鳥居などの高い位置に掲げる額がく、看板。
2.伏見稲荷大社 外拝殿~本殿
伏見稲荷大社 外拝殿~本殿 を紹介します。 前回の投稿 一の鳥居~楼門に続き、楼門をくぐりぬけ、外拝殿から内拝殿ー本殿、また周辺にある東丸神社、松の下屋茶室、授与所、神楽殿など見どころ紹介。 
楼門を通り抜けて外拝殿、本殿へ
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