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薬師寺

世界遺産
通称: 法相宗大本山 薬師寺(やくしじ)
公式サイト:https://www.yakushiji.or.jp

薬師寺(やくしじ)は、奈良県奈良市西ノ京町に所在する寺院であり、興福寺とともに法相宗の大本山である。開基は天武天皇。本尊は薬師如来。南都七大寺のひとつに数えられる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
薬師寺休ヶ丘八幡宮
公式サイト https://www.yakushiji.or.jp/guide/garan_yasugaoka.html 休ヶ丘八幡宮 薬師寺を守護する休ヶ岡八幡宮、薬師寺に参拝する前に、ご鎮守様である休ヶ丘八幡宮にて身心を清めるのがお作法とのこと。 社号標 桜の並木道 休ヶ丘八幡宮から西へ踏み切りを抜けた先に社号標があります。桜の並木道になっていて、桜見の時期はとても風情のある参道です。 社号標桜の並木道踏切近鉄橿原線鳥居前 鳥居前 手水舎 手水舎境内案内図
薬師寺休ヶ岡八幡宮縁起
薬師寺休ヶ岡八幡宮縁起
社殿 本殿 脇殿 薬師寺の南側には薬師寺を守護する休ヶ岡八幡宮があります。寛平年間(889~898)に栄紹別当により大分県宇佐八幡宮から現在地に勧請されました。休ヶ岡という地名は、斉衡2年(855)に大安寺の行教和尚によって八幡大神が大安寺の元石清水八幡宮に勧請された際、 八幡大神が休息された地であることに由来します。『今昔物語集』にも鎮守八幡大神が、金堂を火災から守ったという説話があり、古くから当社が厚く信仰されていたことがうかがえます。現在の社殿は慶長8年(1603)に豊臣秀頼の寄進によって造立されました。 社殿は全体に西面し、本殿・脇殿とも小高い石積みの壇上に建っています。社殿前庭にある座小屋は修復が多いものの、社殿とほぼ同じ時期の建物で、中世に始まった宮座が受け継がれている貴重な歴史的建造物です。休ヶ岡八幡宮での祭礼には、薬師寺の僧侶が参列し、神前読経が行われます。また修正会や修二会など薬師寺の行事の際には、僧侶が八幡宮に参詣して八幡大神の守護を願います。https://www.yakushiji.or.jp/guide/garan_yasugaoka.html 社務所 若宮社 仮殿 社務所若宮社 仮殿 この先に駐車場社務所から出入口薬師寺へ アクセスマップ 車で行く場合は、薬師寺駐車場を使用する。 薬師寺駐車場 広い駐車場ですが、車が数台止まっているだけです。普通車500円です。
孫太郎稲荷神社 奈良漬 
孫太郎稲荷神社 鳥居 扁額 神使 狐像 拝殿 杉 奈良漬の寿吉屋 薬師味噌 アクセス方法 休ヶ丘八幡宮 社号標がある桜の並木道 薬師寺 南門 
薬師寺 南門へ向かっていくと、南門手前に稲荷神社があります。
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西波天神社 観音寺
西波天神社(にしはてんじんじゃ)奈良市六条にある神社。薬師寺から徒歩5分ぐらいの距離にあり、薬師寺 西塔が見えます。案内が無かったので詳細は不明ですが、御祭神は菅原道真公。 扁額薬師寺 西塔一の鳥居 参道二の鳥居拝所 観音寺 高野山真言宗 近鉄橿原線 西ノ京駅から徒歩10分。
野々宮天神社
野々宮天神社(ののみやてんじんじゃ) 御祭神:菅原道真公
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孫太郎稲荷神社 奈良漬 
孫太郎稲荷神社 鳥居 扁額 神使 狐像  拝殿 杉 奈良漬の寿吉屋 薬師寺南門でてすぐ右手にある奈良漬名店 寿吉屋じゅきちや。奈良漬は匂いがきついので、最初は苦手な方もいますが、食べると美味しくて病みつきになってしまいます。 名物の薬師味噌 110g 600円 購入して、晩御飯にすぐ食べてしまいました。 薬師味噌 アクセス方法 近鉄橿原線 西ノ京駅から徒歩の場合、薬師寺を参拝する場合は南門から出ればすぐ目の前に見えてきますので迷うことはないが、薬師寺境内に参拝しない場合は下記ルートで来るのが一番近いと思います。もし休ヶ丘八幡宮に行く場合は、地図には表示されないですが、一つ先の道、社号標がある桜の並木道を通ればいいです。 休ヶ丘八幡宮 社号標がある桜の並木道 薬師寺 南門 孫太郎稲荷神社を過ぎると目の前に薬師寺 南門が見えてきます。橋を渡って左手に奈良漬名店 寿吉屋があります。
薬師寺休ヶ丘八幡宮
薬師寺休ヶ丘八幡宮 薬師寺駐車場 薬師寺を守護する休ヶ岡八幡宮、薬師寺に参拝する前に、ご鎮守様である休ヶ丘八幡宮にて身心を清めるのがお作法とのこと。
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薬師寺 南門
南門の外 南門前 社号標 寿吉屋 稲荷神社前から見た南門乾川 秋篠川の支流社号標 世界遺産石碑南門前の通り寿吉屋じゅきちや 当時は第40代天武天皇の発願によって飛鳥の地、藤原京に建立(680)され、その後平城遷都に伴って養老二年(718)平城右京六条二坊(現在地)へ移された。 金堂本尊薬師如来像に、日光・月光両菩薩像、東院堂本尊聖観世音菩薩像と何れも円満相好な美しさを白鳳時代の優雅な鋳金技法で表現している、これらは比類なき仏像と仰がれ、全て国宝である。また金堂本尊薬師如来台座は珍重な図様彫刻として名高く国宝に指定されている。 東塔は創建当時からの唯一の遺構で頂の水煙は実に美しい。インド渡来で日本最古の仏足石と萬葉仮名三十八文字からなる二十一首の歌が鮮明に刻まれた仏足跡歌碑は修正会本尊である吉祥天女画像と共に天平時代各分野の典雅である。 薬師寺の歴史 薬師寺は法相宗の大本山。天武天皇が680年、皇后(後の持統天皇)が病にかかった時、病平癒のために発願した寺です。686年に天武が亡くなった後も、持統天皇によって造営が進められました。平城京に遷都に伴い、薬師寺は平城京の右京(現在の位置)に遷されました。以後、南都七大寺(東大寺、興福寺、西大寺、薬師寺、唐招提寺、元興寺、大安寺)の一つとして栄えました。しかし幾多の災害で伽藍が倒壊・焼失、特に享禄元年(1528)の兵火により、創建当時の伽藍は、東塔を残すのみとなりました。昭和43年からお写経勧進による白鳳伽藍復興事業が始まり、西塔(さいとう)、中門、回廊、大講堂、食堂(じきどう)と白鳳伽藍の主要な堂塔はおおよそ復興されつつあります。 南門の内 南門の受付で拝観料 800円 (金堂・大講堂・東院堂)を納めて境内の中に進んでいくとすぐに「手水舎」青銅製の大きな水鉢が設置されています。その正面に「六根清浄」の文字が記されています。*六根:六識を生じさせる六つの感覚器官。眼・耳・鼻・舌・身・意の総称身心ともに清浄してから参拝です。 手水舎 平木大明神 弁財天社 若宮社 手水舎六根清浄平木大明神社 弁財天社若宮社 中門 ニ天王像 西塔 釈迦八相図 釈迦が悟りを開いた後の「果相」と呼ばれる4面 釈迦八相図並びに東西両塔図かつて、東塔には「因相」として入胎・受生・受楽・苦行、西塔には「果相」として成道・転法輪・涅槃・分舎利の八相像が安置されていたことが、『薬師寺縁起』に記されています。この特別写経はそれにちなみ、お釈迦さまの尊いご生涯を順番にたどっていただく釈迦八相図と東西両塔図の佛画が、見返し扉絵として色彩装飾されております。https://www.yakushiji.or.jp/osyakyo/toto.html
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薬師寺 東院堂
東院堂 東院堂 仏像 鐘楼 蓮の花 蓮の花 食堂 不動堂
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薬師寺 金堂 西塔 東塔
西塔 東塔 西塔 東塔 金堂 大講堂 金堂 その他写真
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薬師寺 玄奘三蔵院
北門から玄奘三蔵院 薬師寺北門 與楽門(よらくもん) 與楽門よらくもん 玄奘三蔵院 大門 冠木門 本坊寺務所 冠木門かぶきもん本坊寺務所 玄奘三蔵院伽藍(げんじょさんぞういんがらん) 礼門(らいもん) 玄奘塔(げんじょとう) 玄奘三蔵院伽藍げんじょさんぞういんがらん礼門らいもん玄奘塔げんじょとう 西ノ京駅から 西ノ京駅突当りが北門
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野々宮天神社
野々宮天神社(ののみやてんじんじゃ)御祭神:菅原道真公 野々宮天神社には 菅原道真と相撲の祖と言われる野見宿禰が祀られています。野見宿禰は菅原道真の先祖と言われています。 また埴輪を垂仁天皇に考案し造り創り初めた人物と言われています。その為神社内には相撲の額が掲げられています。(お正月三が日は開かれていて見ることができます。https://unon.muragon.com/entry/876.html 野々宮天神社所在地: 〒630-8043 奈良県奈良市31アクセス: 近鉄橿原線 西ノ京駅から徒歩10分。 上り坂道なので、少ししんどいです。
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仏像について
薬師如来像について 薬師如来は、仏教が日本に伝来した最初期から信仰されている仏尊です。東方浄瑠璃浄土とうほうじょうるりじょうど(東方にある瑠璃るりのように清らかな世界)の教主きょうしゅで、薬師瑠璃光如来やくしるりこうにょらい、医王いおう如来とも呼ばれます。悟りを求めて修行する菩薩であったとき、衆生の苦悩を取り除き、病気を治癒させるなどの「12の誓願せいがん」を立て、吾りを開いて如来になったとされます。*瑠璃るり:七宝(しっぽう)の一つで、つやのある美しい青い宝石。現世利益げんぜりやくをつかさどる如来として篤い信仰を集め、今も「お薬師さま」として庶民に親しまれる存在です仏像としては、右の掌を肩のあたりで正面に向けた施無畏印せむいん(恐れを取り除く)、左の掌を下げて正面に向けた与願印よがんいん(望みをかなえる)を結びます時代が下るにつれ、左手に薬壺やくこを持っようになりました。* 現世利益:神仏を信仰することによって、現世において得られる利益をいう。三尊形式の中尊となる場合は、日光・月光菩薩を左右の脇侍(きょうじ・わきじ)とします。また、奈良の新薬師寺像のように、光背に配された小さな仏像(化仏)などとあわせて七仏となったものを「七仏薬師」といし、息災や安産などか祈願されました。  ニッポンの国宝100 VOL14より
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薬師寺休ヶ岡八幡宮縁起
神社説明板より “日本人は奈良時代より仏菩薩ぶつぼさつを本地ほんじとし、諸神もろがみを垂迹すいじゃくとして、両者が表裏一体となり、互に利益をほどこしながら 衆生しゅじょう 済度さいど されるものとする信仰に生きてきた。”本地:(ほんじ)仏としての本体。 垂迹:(すいじゃく)仏・菩薩(ぼさつ)が民衆を救うため、仮の姿をとって現れること。本地垂迹:日本の神がみはすべてインドの仏が日本人民を救うために現われたものであるという、中世の説明法。諸神:(もろがみ、しょじん)(もろもろもろの神。多くの神)衆生:(しゅじょう)生命のあるすべてのもの。人間をはじめすべての生物。済度:(さいど)仏・菩薩(ぼさつ)が、迷い苦しんでいる人間をすくって(=済)、悟りの彼岸(ひがん)にわたす(=度)こと。 “薬師寺は寛平年中(889-897)に、別当の栄紹(えいしょう)大法師が寺の鎮守(ちんじゅ)としてこの八幡宮(はちまんぐう)の祭神である僧形(そうぎょう)八幡(はちまん)神(しん)・神(じん)功(ぐう)皇后(こうごう)・仲津(なかつ)姫(ひめ)命(みこと)を勧請(かんじょう)した。” 別当(べっとう):僧職の一つ。神社内寺院の長社僧(しゃそう):奈良時代の初頭から神社の境内に寺院が建立される動きが始まり、そこで仏事を執り行う僧侶。八幡宮(はちまんぐう):応神天皇を主神とし,通例,ヒメガミ,神功皇后を配祀する神社の称号。やわたのみやともいう。弓矢の神として,武士を中心に古くから広く尊崇された。大分県の宇佐神宮を総本社とし,全国各地にある。僧形(そうぎょう)八幡(はちまん)神(しん): 平安時代に盛んであった神仏習合の思想である本地垂迹説により,八幡神が僧の姿として表現されたもの。神(じん)功(ぐう)皇后(こうごう):仲哀天皇の皇后。名は気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)。仲哀天皇の没後、懐妊のまま朝鮮半島に遠征し、帰国後に応神天皇を出産したといわれる。応(おう)神(じん)天皇(てんのう):仲哀(ちゅうあい)天皇の皇子,母は息長足姫(おきながたらしひめ)(神功皇后)八幡神として神格化されている。仲津(なかつ)姫(ひめ)命(みこと): 応(おう)神(じん)天皇(てんのう)の皇后 “現在の社殿は幾度かの天災・人災により破壊・焼失された後、慶長八年(1603)に豊臣秀頼によって新造されたものである。他に瑞垣(みずがき)門・楼門・中門等も新造されたが地震で崩壊した。本殿は三間社流造で、両脇に脇殿が接続している。脇殿は十九明神の板絵(宝蔵殿に安置)が祀られている。“ 三間社流造(さんげんしゃながれづくり):神社建築の様式で最も一般的とされる「流造」のうち、正面の柱が4本、柱間の間口が3間あるもの。脇殿(わきでん):正殿の両脇にひかえる建物。明神(みょうじん):神の尊称。神仏習合説による、仏教側からの神祇(しんぎ)の称。「春日明神」「大明神」 “南北の細長い建物は座小屋とよばれ寺僧の加行場としても使用されたが、本来は古くから存した宮座の座衆が座す所で、明治以降残っている例は少ない。また両脇に脇殿が付属する社殿は少なく、歴史的に重要な建物とされているのみならず、明治以降は神仏が分離され、一寺院が神社を管理している例は少ない。” 加行場(けぎょうば):僧の修行の場宮座(みやざ):地域の鎮守もしくは氏神である神社の祭祀に携わる村落内の特権的な組織及びそれを構成する資格者の集団。
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